『東京都歯科医師会の日』会長賞 受賞
左からお二人目:山田先生
先生は大正2年(1913年)長野県下水内郡栄村の秋山郷で農林業の次男と

して生まれた。秋山郷は、豪雪で道路が寸断され陸の孤島になることで知られる

山村で、今なお秘境と呼ばれている。

昭和27年に帰省中、子供が歯が痛くて幾日も泣いているので診て欲しいと母

親が連れてきた。小学校4年生位の女の子の口の中を診ると、第一大臼歯がひど

い虫歯で化膿しており、他の生えたての永久歯もすでに悲惨な状態であった。

学生時代に実習に使った治療用具を実家に運んであったので応急処置を施した

が、翌年もまた同様の小学生を見て、これは大変だと思い、小学校の校長に生徒

の検診をしたいと相談したら、喜んでお願いしたいと言うので、全児童を検診し

たところあまりの惨状にびっくりした。無医村で、治療を受けるのに山道を20

キロ以上下らないと辿り着けないこの土地を知っている自分が何とかしなくては

と思い、昭和31年診療用ユニット一式その他機材を運び無医村の歯科診療を開

始した。

始めたものの手のつけようがない児童が多く、一人の治療に数時間を要するも

のが多く、夜遅くまでかかる日が続いた。一回10日間程の予定で帰省していた

が、3年たって、年1回ではとても虫歯の進行に追いつかないと思い、年2回春

秋の治療を行うことにした。次第に手の施しようのない児童が減少し、精神的な

ゆとりが出来てきたので、衛生指導・講義などの予防に力を入れ始めた。

昭和40年エアタービン付きユニット2台を設置し、技工室ももうけて治療も

次第に能率が上がってきた。その他に保育園児の治療も開始した。

開始7、8年後には、長野県良い歯の学校表彰においてまず努力賞、ついで優

良校、優秀校と表彰をうけるまでになった。歴代校長、養護教諭の熱心な協力は

もろんである。

また、交通不便な山奥であるため、町まで治療に出られない老人を中心とした

住民の治療をする余裕ができた。技工室での入れ歯の修理、作製、また現地では

できないものは型を取って持ち帰り、完成物を送ってそれを町の歯科医院へ持参

してセットしてもらうことも多々あった。

年々児童は減少し、数十名となり、その後も年2回検診、早期治療を受けられ

るため、都会の学校よりよく管理されている。機材、材料はすべて持ち込み、ま

た治療費も一切無料である。

自分の故郷だからこそこの困難な奉仕活動を続けられたのだと思う。

厚生大臣賞、医療功労賞など数々の表彰を受け、平成8年には名誉村民に推さ

れた。そして、これらの功績が認められて「東京都歯科医師会の日」の10月4

日に会長表彰を受賞することになった。

平成3年に大病を患い、翌年を最後に村の診療室は閉鎖したが、今では自家用

車もある時代で、住民は村営の診療所に通う事ができるようになった。

診療はやめても故郷への思いは消えず、毎年、歯ブラシや予防関係の資料・本

などを送り続けている。

現在の秋山郷は交通の便も良くなり、山奥の温泉を目指して秘湯マニアが訪れ

るようになっている。